「我慢する=大人になる」だと思ってる人はあまりにも幼稚だ

最近になって「ああ、そういうことかも」と胸にストンと落ちたことがある。

それは「大人ってなんぞや?」という問い。ちゃんと言えば「大人になるってどういうこと?」だ。

実を言えば、仕事を辞める数ヶ月前の上司との面談の時に「大人になれ」と言われたことが、自分の中でずっと引っかかっていた。

それに対する答えが、30代半ばにしてようやく見えかけたのかな、と。

大人とは機を見て行動できる人のことを言う

こう言うと勇気づけられる人が多そうなので強めに言っておくと、まず「大人になる」というのは「我慢する」ということでは絶対にない。

なので「とにかく我慢しろ!それが大人だ!」なんて声高に叫ぶ人は、もれなく大人を勘違いしている可能性が高い。

では大人とはどういうものかと言うと、大人とは機を見て自分の行動を制限できる人のことだ。

そして機を見る能力が育った結果として「我慢」という選択肢を選べるようになるだけなのだ。

「我慢」だけでは大人になれない

逆に言えば、機を見るというのは時にアクセルをベタ踏みすることにも繋がる。

人の人生はここだという場面では全力で前に突き進まなければいけない。

そういう時にきちんとアクセルをベタ踏みできるのが、真に大人だと言える。

要は大人とは、進むべき時に進み止まるべきところで止まる、そういうことがしっかりとできる存在のことを言うのだ。

ただわがままに突っ込むだけの人も、ただじっと我慢して耐えているだけの人も、どちらもそれは大人ではない。

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